読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

氷川丸と「はすれません」

 数年前のことですが、私たちが上京する序でに、次男一家と一緒に横浜の山下公園

前に係留されている氷川丸を観に行きました。

 氷川丸は、1930年(昭和5年)に造られた12,000t級の貨客船で、戦争中は病院船

に転用され、戦後は1960年(昭和35年)まで北太平洋航路で運行されていました。

 戦前より唯一残っている日本の貨客船。2003年 横浜市有形文化財に指定され、

2016年には国の重要文化財(歴史資料)指定、今は《博物館船》で一般公開されてい

ます。船内装飾もインテリアも床に至るまで往時のムード、夜はイルミネーションで

飾られ、船影が海に映り綺麗でした。

 下の写真は、船を上から見た光景。氷川丸の右に見える小船が、港めぐりの遊覧船

です。小舟に見えますが大きな遊覧船、コレにも乗って港巡りを楽しみました。

 艦内は操舵室からエンジンルームまで見学できて、孫(男の子)は目を輝かせジイジ

の説明を聞いてましたし、園児の孫(女の子)は、綺麗に飾られた客室に興味津々。

しかし、この特等船室は入室禁止でドアから覗き込んで見ていました。

 で、帰った数日後、女の子から手紙が来ました。やっと 字を覚えた頃で、行間も上下

合体したりしています。特に「は」の字は、名前を書くのに「〇〇は」なので「わ」と

読むと覚えたらしく「わ」を「は」と書いていて、「はすれません」には大笑い。

 おじいさん おばあさん ○○は おじ(い)さんとおばあさんと いしょ(一緒)に

のた(乗った)ひかはまるを おばあさんになて(なって)もはすれません。

 

 

 船の絵は帰って描いたのに、結構、仔細に見ていた様で 船の形も合ってます。黄色は

夜になった時の電飾の色。私では写真を見てもここまで堂々とは描けない。子供だから

船に乗ったことも直ぐ忘れるだろうと思っていましたが、内心、反省しました。♪ 

 「おばあさんになっても、はすれません」は、思うに、大人なら「死ぬまで忘れない」

と書く処ですが、園児にとって「死」の意識は未だない。つまり「お婆さん」になるのが

人生の終着点、という認識なんでしょう。

 私も、子や孫が大きくなると同時に「死の傍の婆さん」になったわけです。この歳で

いつまでも若い気分じゃダメ、と気付かされた手紙でもありました。