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ばあちゃんちにいった

これは父方のばあちゃんち。

この父方のばあちゃんは(世の中でよくあることなのだろうけど)お母さんを相当いびったみたいだ。

私自身がなんとなくそれを感じていたし、それに関する母の愚痴もたくさん聞いていたし、

何よりばあちゃんが発達障害のある弟にたいしてあまり理解がないことを、私自身が子供心に感じ取ってものすごく怒っていたから(こういう「こども」の感情は純粋で強烈だ)ばあちゃんのことはずーっと嫌いだった。

家も汚くてだらしなくて下品な人だとおもってきた。

だから、会話したいとも思ったこともなくて、

帰省しても社交辞令的な挨拶しかせず、

ばあちゃんという人物を理解したくもなくて

理解せずに過ごしてきた。

そのうちばあちゃんは認知症が進んで、

私のことも自分のこともわからなくなった。

だから今となってはばあちゃんがどんな人生だったのか

知ることができない。

ばあちゃんはボケたら声が低く男言葉になった。

ばあちゃんの本来の言葉遣いなのか

認知症により新たにもたらされたものなのか

どちらなんだろう。

これは母方のばあちゃんち。

いま、母方のばあちゃんちは、

ばあちゃんが施設にはいって

誰も住んでない。

鯉を飼っていた井戸も

さわがにがたくさんいた裏手の用水路も

夢のあと。

せぴあいろ。

なんかせつなくなるな。